夜のバス
同じ携帯だ。
充電の切れた携帯を鞄にしまって、向かい側の窓を見たとき、僕は、そう思った。
夜の国道を、バスはひた走っている。
車内の空気はわずかに湿度をはらんでいて、ぽってりとしている。
僕は、真ん中の、左端の席で、右端の席にいる彼女を、見ていた。
彼女は、僕と同じ色の、僕と同じ形の、携帯を握っていた。僕と同じ透明のカバーをかけていて、そして、さっきまでの僕と同じように、疲れた顔で、画面を眺めていた。
あれは、同じいきものだ、と僕は思った。女であり、僕なのだ、と。
頭の中でかぶりを振る。呑みすぎたのだろうか。もの思いがとめどなくなって、言葉は、僕の肉体をがっちりとつかむ。
彼女は、僕だ。
僕なのだ。
視界が、ぐるりと、反転する。
ふと気がつくと、私は、私を、ぼんやりと眺めていた。私の視界の中で、私は、疲れた顔をして、携帯電話を操作していた。
私はとまどった。とまどって、窓を眺めると、知りもしない男の人の顔が映ったので、さらにとまどった。
戸惑っているうちにも、バスは駆け抜けていった。そして、やがて、私が降りる場所へと、近づいていった。
「私」が停車ボタンを押す。私は殊更に焦った。「私」が離れてしまう前に、私に何か伝えなければ……でも、どうやって?
私のもの思いはとめどなくなった。まとまりを失い、もつれた。
バスが停車する。「私」が立ち上がる。私はとめどないまま、意を決して、手を伸ばす。
視界が、ぐるりと、反転する。
彼女が、何かを訴えかける様な目をして、こちらを見ていた。僕は伸ばしかけた手を引っ込めた。
彼女は自分の身なりを見回すと、足早にバスから降りていった。
立ち去る彼女を、僕はしばし眺めた。彼女は、どういう人生の中にあるのだろうか。どのような……
バスが発車する。風景が滑って、焦点が窓に移る。
長い髪をした女の、ひどく疲れた顔が、窓に映っていた。
「夜」はTSF短文企画です。