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もっともっと高くなる

Author:波留吉久

「ひょっとして、髪伸ばしてる?」
 久々に二人きりで会った日の最初。開口一番の私の指摘に、ぎくりと音が聞こえてきそうな程にたじろぐ幼馴染。
 「なんのことだかさっぱり」
 冷静を装うことに懸命なようだ。実際のところ声は震えているし、歩けば左右の両手足が同時に動く有様。わかりやすい奴で助かる。
 「恥ずかしがる必要ないじゃない。彼のためなんでしょ?」
 顔を真赤にして俯きながら、小さく首肯する。まったく、すっかり可愛くなってしまった。
異性化症候群を患い戸籍上の性別が変更されてもなお、心は男だと主張していた。近所の理容室でざっくばらんに切られた頭は、私にとっても幼馴染自身にとってもその証だったはずだ。
 「今までみたいなベリショも、似合ってたと思うけどね」
 だから、幼馴染の髪型の変化-その由来たる心境の変化について驚かなかったといえば嘘になる。
 しかし、いつかやって来る日が今日であっただけのことだと、達観している私もまた同時に存在していた。
 「あいつの隣にいてまわりから変だって思われたくなかったし。それに、あいつに可愛いって思われたい、言われたいって思えたから」
 もじもじしながらも素直に答えてくれたのは、退院以来私が熱心に彼のサポートをし続けていたことへの信頼によるものだろう。生家が近いだけの、中学卒業以来数えるほどしか口を利いていなかった幼馴染が、どうしてそんなに親身に接したのかなんて、このお人好しは想像もしないのだ。
 「恥ずかしいくらいラブラブじゃん」
 -妬けちゃうよ、ほんと。
 一度も顔を合わせたことのない幼馴染の友人に向けて、幾度と無く覚えた嫉妬心が湧き上がってくるのを感じた。
 気持ちに蓋をするようにヒューヒューと茶化した私に怒ったふりをしたあとで、幼馴染は私に疑問をぶつけてきた。
 「そっちこそ、ずっと伸ばしてただろ」
 勿体無いじゃないかと言いながら、ようやく襟足が隠れるか隠れないかほどの髪の毛を弄っている。あれくらいあったなら、なんて考えているのかもしれない。
 暑いからねと、私は言葉を濁す。
 -いつか、この髪に触れて撫でて欲しかった誰かさんが、遠くに行っちゃったからさ。
 なんて口にできる勇気は私にはない。
 すっかり軽くなった頭を上げて、空を見た。
 口にしたところでどうせ気付いてくれやしない誰かさんも、つられるように顔を上げる。
 直にやって来る梅雨明けを予感させるような、これからもっともっと高くなる青空が、広がっていた。

「空」はTSF短文企画です。

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