いきもののみず
Author:フカミオトハ
汗をかくのが好きだった。
運動と呼ばれるものはすべて好きだった。全身汗だくになって水をガブ飲みして、シャワーを浴びてアイスを食うのが最高の楽しみだった。
からだから吹き出す汗は、俺にとって生きているという証明だった。
いつからそうしていたのかは覚えていないが、汗を指先ですくって舐めとるのが癖になった。塩っ辛さのまとわりつく汗の味は、不思議と生命力にあふれている気がした。
だがそれも昔の話だ。
汗だくになるほど走ることも、その汗をこっそり舐めとることも、もうずっとやっていない。
放課後の河川敷をとぼとぼと歩いていると、ランニングする集団とすれ違った。Tシャツとジャージ姿で、全員汗だくだ。運動部だろう。声をあげながら走り去る背中を見送って、俺はため息をついた。
陽は傾きはじめていたが、夕暮れまですこし間がある。夏の放課後はじりじりとした熱気をまとって、着なれないセーラー服を焼いてくる。
気がつくと汗をかいていた。運動のあとと違って、この汗はただ不快なだけだ。生きているという実感がない。
俺が欲しているのは、全力で運動したあとの、生命力を内包した汗だ。これじゃない。
半年前に女性化した俺は、激しい運動を禁じられた。禁止令が解かれてからも、以前のように動こうとは思えなかった。女になったのだと強烈に実感したのはその時だ。俺は変わってしまっていた。変わるものかと思っても、もう変わってしまったのだ。
陽はまだ沈まない。遮るもののない河川敷で陽射しがジリジリと肌を焼く。
額に浮いた汗を指先ですくって、そっと舌にのせた。
塩っ辛い水分が舌を転がって、すぐに消えていく。昔とは違う味に思えた。汗が変わったのか、味覚が変わったのか、それとももっと違うところが変わったのか――俺にはわからない。
ただ、ぽろりと涙がこぼれた。
こんなところでみっともないと思ったが、どうしても止められない。ぼろぼろと涙をこぼして俺はしゃがみこんでしまった。太陽が沈んでいく。赤い影が長く長くのびる。あふれてくる涙が口元にすべりこんで、塩っ辛さを舌の上に残していく。記憶にある味に似ていた。
顔をあげる。運よく誰にも見られなかったようだ。ゆっくりと立ち上がると、ごしごしとわざと乱暴に目元をぬぐって、俺は歩き出した。西の空には、太陽がしぶとく地平線の端っこにひっかかって、俺のことを見ていた。
「涙」はTSF短文企画です。