top of page
あの夏のままで

 洗濯物を畳みながら一つ息をついた。日中身体に溜まった熱も相まって、少し体を動かしているだけで汗がにじみ出てくる。
  時計を見れば夜の十一時半。あと三十分足らずで、カコさんが帰ってくる予定の四日目になる。あっという間の三日間だった。お医者さんの見立てが正しければ、おそらく明日くらいには、キリオの身体は元に戻っている筈だ。
  自室に戻ると、既にキリオは眠りについていた。薬で多少楽になっているとは言え病人なのだから当然だろう。
  あるいは、もしかすると肉体年齢の若返りの影響の可能性もある。小学生くらいの頃は、夜の十時を過ぎれば眠くてたまらなかった。小学生高学年程度まで若返っているように見えるいまのキリオには、単に夜更かしが耐えられないのかもしれない。
  普段使っているベッドをキリオに貸しているから、自ずとそれ以外の方法で寝ざるを得ない。押し入れから引っ張り出した煎餅布団で眠るようになって三日目、そろそろすぐ隣のマイベッドが恋しいが、それも今日までだ。
  部屋の灯りを消したのに窓の外は仄かに明るい。カーテンを開けてみると、まん丸の月がよく見えた。
  部屋に差し込んだ月明かりがまぶしかったのか、キリオが寝返りを打った。あどけない寝顔は、月明かりと体調のせいか少し青白いことを除けば、かつて泊まり込みで遊んだ頃とほとんど変わらない。
  夏休みだった。カコさんも交えた三人で、夕方にくたくたになるまで遊び、溜めてしまった宿題をキリオとカコさんに手伝ってもらいながら半泣きでやっつけていた。あの頃からいろんなことが変わった気もするし、何も変わっていない気もする。自分はそのどちらだろうと自問をした。答えは帰ってこない。
  壁を向くようにして眠るキリオ。風邪のせいなのか寝汗をかいている。ベッドの端に座り、傍に置いておいたタオルで額の汗を拭いた。
  起こさないように気をつけていた筈だった。触れてしまったこめかみはひどく熱く、その熱はしかしキリオでなく自分自身の指から発していた。そう自覚した時には既に手遅れで、ベッドに横たわり、背中側からおぶさるようにキリオへと手を伸ばしていた。
  「カコさん」
  うしろ髪をかき分け、気づかれないよううなじにそっとキスをした。体温と寝汗とで少し蒸れてすらいる首元から漂ってくる汗の匂いすら心地よい。寝息だけが聞こえていた筈なのに、キリオのものではない荒い呼吸音と鼓動音で部屋が満ちていく。熱いのはもはや指先だけではなかった。
  絶対におかしいことと分かっている。今こうしていることが幼い頃からの友人への裏切り行為であることも。
  しかし同時に、どうしておかしくなってしまったのか、その答えを知ってもいた。だって、今のキリオはあまりにも、あの日の姿と何もかも変わりがなかったのだから。
  「姉貴のこと好きなんだな、やっぱし」
  心臓が止まるかと思った。血の気と一緒に帯びていた熱が一瞬で引いていく。
  「起きてた?」
  「ファーストキスをうなじにされるなんて、想像もしてなかったわ」
  背を向けたまま、手を握り返してくるキリオ。その声音は、怯えた風でも驚いた風でもなく、あえて言うならば不思議と悔しそうですらあった。

bottom of page