「おかしいよね、変だよね」
友人の寝込みにキスをするだなんて。ましてや、今晩のキリオと自分は同性だというのに。
「別に、そう思うこと自体は、なんもおかしくはないだろうさ」
合意もなく実力行使にさえ出なけりゃなと釘を差すことも忘れないキリオ。平謝りするしか無い。
「嫌なら答えなくていいんだけど、基本女の子が好きなわけ?」
「違うと思う。たぶん」
少し間を置いて、ごめんと謝ってくるキリオ。キリオは悪くない。ただただ自分にとって、今のキリオの姿が特別なだけだ。
「いつから気づいてた?」
「寝返ってヨウに背中を向けたあたりから」
「いや、そうじゃなくて」
キリオに抱きつくような姿勢のまま、会話が続いていく。今更ながらに襲って来た気まずさと罪悪感とで顔なんて見れたものではないが、それはキリオの方も同じかもしれない。
「姉貴の方からヨウになにかしたってのはなんとなく分かってた。いつかだったかは覚えてないけど、泊まりに来たときだろ」
「うん」
キリオと同じく、年数や日付まで覚えているわけではない。三日前、キリオが玄関に現れるまで、夢うつつだったのではないかと最近では疑っていたくらいだ。
「キリオん家の空き部屋に布団敷いてもらって、三人で川の字になって寝てさ」
「誰が言い出したわけでもないのに、決まっていつも姉貴が右端、ヨウが真ん中で、少し離れて俺が左端だったよな」
「そうそう」
ある晩のことだった。天気は覚えていないけれど、きっとこんな月の夜だった、そんな気がする。
遊び疲れているのに中々寝付けなかった。明日は学校のプールが開放される日。早く寝ないと満足に遊べなってしまう。
苛立ちと寝返りを重ねるうちに、身体が隣に眠っていたカコさんに当たってしまった。
反対側で眠るキリオを起こさないよう、ごめんなさいと謝った時に見てしまったカコさんは、怖いくらいに真っ黒な目をしていた。
「何か面白いことを思いついたって、そんな顔をしてた」
教えてあげると、ただ一言だけ口にすると、カコさんは額にキスをした。カコさんの身体が触れた場所はとても熱くて、そこにもう一つ心臓が出来たみたいにどくどくと痛くて、なのに少しも不快ではなかった。
どれだけの時間、そうされていたのか分からない。ただ気がつけば身体中が熱く、カコさんの身体が離れ、この熱が何処かへと去ってしまうそのことが怖くてたまらない。抱いた恐れをも見透かしたように、最後にカコさんが強く抱きしめてくれたことに安心して、眠りに落ちた。
「あの夜に起きたこと、全部夢だったのかもしれないって思ってた」
目が覚めてからのカコさんはあまりに普段通りで、昨晩の出来事など微塵も感じさせなかった。翌朝だけじゃない。その次の日も、そのまた次の日もずっとずっと、カコさんから何かしてくることはなかった。
だから忘れることにした。自分以外誰もあの夜のことを語らないのなら、それは存在しなかったことと同じになる。全ては、暑さと月明かりが見せた幻覚なのだと。
三日前、キリオがウチにやってくるまで。
ナナ風邪を引いたキリオが、あの日のカコさんと瓜二つの姿で現れる、その時まで。
「だけど、やっぱり本当のことだったって、さっきキリオに触れて、分かっちゃった」
だって、私がキリオにしたキスの熱と痛みは、カコさんが私にしたキスと、少しも変わりがなかったのだから。