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行き止まりの景色

 都内から電車に乗って三時間ほど。学生のお小遣いで行けるギリギリの距離に、その村はあった。
 駅舎からして既に想像を絶するド田舎で、視界一面、八月の瑞々しい緑が覆っている。ところどころに岩肌も見えるだろうか。線路が通っていることがかえって不思議になるくらいの、いわゆる秘境駅というやつだ。二両編成のワンマン電車を降りたのもひとりだけだった。
「すっげ田舎。ひと住んでるの、ここ?」
 少女だった。夏には暑そうなウインドブレーカーに、ショートパンツとスポーツレギンス、動きやすさを最優先したトレッキングシューズ。陽射しに備えてサファリハットもかぶっている。背負っているのは小振りだが機能的なバックパックで、本格的な山登りのいでたちだ。全体的に明るい色味で、ファッションには気を遣っている――しかし、険の強い三白眼がすべてを台無しにしていた。
「ここまで来て本物の秘境だったりしないよね?」
 ――(都内から三時間だよ? さすがにそんなところに秘境はないさ。駅に電車が止まるってことは、使われてるってことだしね)
「どこの誰が使ってるのか、興味あるなあ。見てこの時刻表。一日四本だよ、四本。そういうことだよねこれ? どういうことだよこれ」
 ――(まさか山の中に駅があるとは、僕も思わなかったけど……少し歩けば民家があるよ、きっとね)
「ふうん、まあ、そりゃそうか。じゃあ、とりあえず歩きますか」
 ため息交じりの独り言を繰り返して、少女はしなやかな脚を前に出した。吹きさらしのホームに申し訳程度に寄り添う木造の駅舎をくぐり抜けて、緑の匂いが胸に刺さる山道へと降りる。
「はあ……」
 駅舎から伸びる道は狭く細い、徒歩以外の方法では通れそうにない隘路だった。両脇から伸びる青々とした緑たちは、いっそ神秘的ですらある。神域か異界か。駅まであるというのに、人の手が触れていると思えない。田舎と言われて浮かぶのは無辺大の田んぼだが、こういう、文字通り「未開発」の田舎もあるのだ。
「ここの人たち、何やって生きてるの? 木こり?」
 ――(失礼なことを言うなあ。僕もそれは不思議だけどさ)
「レイが不思議がっててどうするの。やっと見つけた手がかりなんだからさあ」
 ――(センリには本当に迷惑をかけるけれど……)
「いや、まあ、別にそれはもういいんだけど。余計なこと言ったわ。さっさと行って、さっさと見つけようじゃない」
 ――(うん。それじゃあ、行ってみよう。今のところまだピンとこないけれど、どこか懐かしいような気はしているんだ)
「私もね、秘境の村には、ちょっと興味ある」
 ――(秘境じゃないってば……)
 独り言――見えない誰かと会話を交わすような奇妙な言動を繰り返しながら、少女は山道を踏みしめて歩いていく。
 少女の名前はセンリ――澄咲千理。彼女がなけなしの小遣いをはたいてこんな田舎までやってきたのには、もちろんのっぴきならない事情がある。
 それはおおよそ二週間前。夏休みに入ってすぐの、奇妙な風景からはじまった。

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