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君を憶う

 そんなある日、とうとう園香が一線を越えようとしていた。
「りっくんのいない生活にもう耐えられない……」
(待て! 待つんだ、園香!)
 園香がカーテンレールに縄をひっかけて、輪に首を通した。
「じゃあね……」
(くそっ! 僕にはどうすることもできないのか!)
 園香は苦しそうにもがいていた。
(やめろ! やめてくれ……)
 しばらくじたばたしていた園香の動きが弱くなっていき、やがて動かなくなった。
(くそっ!)
 僕はダメ元で園香に手を伸ばした。するといつもすり抜けていたはずの僕の手が、園香をすり抜けることなく、園香の中に取り込まれた。
(!? どういうことだ、うわっ)
 手を引き抜こうとしたが、逆に身体が園香の中に引き寄せられていった。
(園香……)
 やがて僕の身体が全部園香の中に入ると、視界がぱっと切り替わった。
「うぐっ!?」
 視界が変わると同時に首元に苦しさを覚えた。
「あがっ! く、苦しっ」
 僕は苦しみの中、必死にもがいていた。するとカーテンレールが折れて、僕は床に落下した。
「痛っ!」
 僕は床に身体を打ち付けた。
「げほっげほっ! ううっ……」
 喉がまだ苦しいのと、打ち付けた痛みにしばらく悶えていた。

「はぁっ、はぁっ、これ……どういうことだ?」
 ようやく落ち着いてきたところで、今置かれている状況を整理する。首吊りで苦しむ園香を見ていられず、思わず園香に手を伸ばしたら、園香の中に身体が取り込まれた。そして僕が自分の身体を確認すると、それは園香のものとなっていた。そこからわかることは……。
「今、僕は園香に乗り移っている……?」
 出てくる声も女性のものとなっている。いつも聞いていた園香の声とは若干違うが、部屋にある鏡を確認するとそこに映っているのは驚いた様子の園香だった。
「園香……」
 首元に縄の跡が痛々しく残る園香の姿を見て悲しくなった。
「ひとまず園香の身体から抜け出てみよう。できるかな」
 僕は園香の身体から抜け出るように脳内にイメージを浮かべた。すると僕は園香から抜け出すことに成功した。
(ふぅ……。よかった、無事抜けられた。これで園香が意識を取り戻せば……)
 そこまで考えたところで、はっとした。もし意識を取り戻したら……? 園香はまた自殺しようとするのではないか? それでは園香を助けた意味がない。僕はどうすればよいかと悩みつつ、園香の様子を見ていた。
 しかし、園香はいつまで経っても意識を取り戻さない。
(どういうことだ……?)
 いつまで待っても園香は目を覚まさなかった。
 そのまま待っていると、先ほどの音を聞きつけたらしく、園香の母親がやってきた。
「園香? さっきの音は……、園香!?」
 部屋で倒れている園香を見て、そして首吊りの縄を見て、園香の母親は慌てて駆け寄った。
「園香! 園香!!」
 母親の呼びかけにも園香は目を覚まさなかった。
(どうする……? 園香が目を覚ます様子はないし、このままだと……)
 僕はこのあとのことを考えるより先に、園香の身体めがけて飛び込んでいた。今度もすり抜けることなく、僕の身体は園香に呑み込まれた。
「んっ……」
「園香!?」
 ゆっくり目を開けると、涙を浮かべた園香の母親の顔があった。
「園香!」
 僕は園香の母親に強く抱きしめられた。
「あ、えと、お、お母さん……」
「園香! あんたなんてことを!」
 園香の母親は泣きながら怒った。僕も園香の身体で泣いた。

 両親が揃ったところで僕は園香のフリをして状況を説明した。彼氏だった城山理久が死んでしまったことに耐えられなくなって自殺しようとしたこと、苦しくてもがいているうちにカーテンレールが折れて助かったこと、そのときに頭を打って記憶が混乱してしまったこと。当然僕が乗り移っていることなんて説明できないし、したところで受け入られるとも思えない。それに本当の園香は意識不明で目を覚まさないなんて、とても言えない。
 父親も園香のことを激しく怒ったが、でもそのあと涙を流して「生きていてよかった」と漏らした。こんなところを見せられたら尚更何も言えない。

 その日は園香の母親の部屋で一緒に寝た。両親に向かってもう二度とあんなことはしないと誓ったものの、やはり園香を一人にするわけにはいかないという判断で、母親と一緒に寝ることになった。
 僕は園香の母親の隣で、布団に入って天井を見つめていた。
(……決めた。僕が園香の身体で代わりに生きる。園香が意識を取り戻すまで。園香の心が落ち着くまで)

 それからというものの、僕は園香の身体での生活を始めた。女の子の生活とはとにかく大変なもので、当たり前のことだけど男の生活とは全然違う。園香の両親に聞かれて答えられないことは記憶のせいにしてごまかしているけれど、普通に生活するだけでも苦労の連続だ。着替えやトイレやその他諸々。初日はお風呂を拒否したけれど、何日もお風呂に入らないわけにはいかない。できるだけ見ないようにと思っても、目には入ってしまうものだし、やましい気持ちを抑えようと思っても僕は男なんだし。なんて言い訳をしながらお風呂に入った。
 高校にまた通うようになってからも、学校やクラスには城山理久が事故で死亡してから記憶が混乱していると説明し、元のように過ごすように努めた。一応クラスメイトや共通の友人であれば、ある程度知った仲なので、なんとか乗り切れそうだと思った。
(僕が、園香の代わりに頑張らないと――)

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