次に目を覚ました時、おばけは私をひっそりとした駅に降ろしていた。おばけは駅を出て、小さな商店街を、ぶらぶらと歩いた。喫茶店に入り、コーヒーとプリンを頼んだ。特製のプリンだと、店主が言った。
しばらくして、ぜいたくに盛り付けられたプリンが、コーヒーと一緒に運ばれてきた。
案外かわいらしいものをたのむものなんだな、と、私は思った。おばけは、喜色満面で、運ばれたものを平らげた。
次に、おばけはおもちゃ屋に寄った。むかしむかしはたくさんあった筈の、おもちゃ屋だった。おばけは、そこでぬいぐるみを買った。赤茶けたくまのぬいぐるみは、置きっぱなしになっていたのか、左半身がすこし褪せているようだった。
おもちゃ屋の店主は、半値でそれを売った。
「お嬢さん、本当にこれでいいの」
店主は念を押すように、そう訊ねた。
「これでいいんです」
私の声で、おばけはそう言った。
なんでそんなもの、欲しがるんだろう。いよいよ、私に嫌がらせでもしようというんだろうか。小癪なおばけであったのだろうか。
いろいろ考えたれど、考えると眠くなってしまうので、やめた。
おもちゃ屋を出たあとも、おばけは様々な店を出たり入ったりした。
おばけは、自由であった。自由で、そして、ためらいがなかった。
私が眠っているあいだに、おばけは、私よりもずっと、私めいていた。言い換えてしまうのなら、おばけは、彼自身を、忘れてさえいるようだった。
ふと、そういうことを考えてしまって、私は、ほんの少し、焦った。焦ってから、気づいた。
私は、彼のことが、知りたいのだ。
おばけが、彼でなくなって、そうじゃないものになって、私からも剥がれてしまって、ただ独立したものになる前に、彼を理解してしまいたいと、思ってしまった。
視界の右隅にあった靄のようなものが、急にいなくなった。私はぎらぎらとした。ぎらぎらして、彼をじっと見つめた。おばけの中に残っている、そういう仕草たちを、落穂ひろいのようにして、かき集めた。
私は、私を忘れてしまって、眠たかったことも忘れてしまって、他の何事も考えなくなってしまって、ただ、動物のように、彼を求めていた。
私の中に、おばけはたくさんあった。けれど、おばけの中に、彼はほとんどいなかった。彼の多くは乳化していて、見分けのつくものではなかった。
私は、悲しくて寂しくて、死んでしまいたくなった。おばけにぜんぶを預けて、ずっと眠ってしまいたくなった。
「そんなこと、いうなよ」
そんな時だった。おばけが、おばけの口調で、私をたしなめた。
懐かしい、と思った。思ったら、急に、忘れていたはずの諸々が、封を解かれて私の中に転げ落ちた。
私のあらゆる感覚は、記憶の中に、まろびおちた。