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アンダーカレント

 目を覚ました。
 おばけはまだ風景を眺めていた。
「そろそろ帰ろうか」
 私は頷いた。
 おばけは階段を降りて、夕暮れの町並みを縫い上げた。喫茶店も、おもちゃ屋も、おばけの立ち寄った店は全部、夕日の中でひっそりと眠りだしていた。
 私たちが何者なのか、私はほとんど、思い出していた。そして、思い出した瞬間、それを口にする必要は、失われていた。
 私、わがままかな。
 おばけに、私は訊ねた。
「そんなことないよ。思いつめすぎてただけだよ」
 おばけは言った。そんなこと言ったって、と私は思った。そんなふうに、漫画みたいに、いなくなっちゃうんだったら。
 心がじわじわする。どうしようもなくなる。でも、もう、眠たくはならない。おばけがずるっこくて、そういう気分にならない。
 やっぱり撤回する。きみのほうが、わがままだよ。
 私は言った。
「ばれたか」
 そう言って、おばけははにかんだ。悪いやつだ。
 おばけが切符を買う。私の躰が、ワンマンの車体にのみこまれていく。彼の町から、私たちは、少しずつ離れていく。
「今度は、おまえが来てくれよな。いい町だったろ」
 おばけが言う。にどと行くもんか、と私は思ってみる。なんだか悔しいので、そんな風に考えてみる。
 やがて夜が来る。ようやく、眠くなる。もうきっと、眠りたいなんて思わないんだろう、と私は思う。おばけの輪郭が崩れていく。
「おやすみ」
 おばけが言う。おやすみ、と私も返す。
「またね」
 おばけが言う。うん、またね、と私も返す。またね、さよなら。
 車内の電灯も、夜の輪郭も、視界からほろほろと崩れていく。眠ればきっと、すべてはいなくなる。悲しくて、寂しくて、けれど、それだけではない、ほの明るい、なにものかがある。意識がぜんぶ曖昧になりながら、私はたしかに、そんな気分を抱えていた。

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